
日本経済新聞の特集記事「就業者最多なのに働く時間は1割減 「超細切れ労働」が迫る業務改革」をもとにした記事です
街を歩けば「スタッフ募集」の貼り紙が溢れ、企業の現場からは「人が採れない」といった採用課題に関する悩みがなかなか解消されません。 しかし、定量的にみると日本の就業者数は、6,957万人で過去最高を記録しているのです。女性や高齢者の労働参加が進んだことで、働く人頭数は実は歴史上最も多い水準にあります。
このパラドックスの背景には、労働力を「人数(Headcount)」ではなく「総労働時間(Total Hours)」で捉え直さなければ見えてこない、構造的な変化が存在します。現在の日本の労働市場は、私たちがこれまで慣れ親しんできた「労働力」の定義そのものが、根本的な転換期を迎えています。
厚生労働省の分析やパーソル総合研究所の推計を統合すると、現在の日本社会は「労働力の定義そのものの転換点」にあり、この変化を理解することが、キャリア形成当事者と支援者の双方に求められています。本コラムでは、この労働市場のパラダイムシフトの現状をデータに基づいて解説し、この大きな変化の波を乗りこなし、前向きなキャリアを築くために、働く個人(当事者)と、人事・キャリアコンサルタント等の支援者が持つべき「3つの視点変革」について深く掘り下げてまいります。
- 日本経済新聞「就業者最多なのに働く時間は1割減 「超細切れ労働」が迫る業務改革」(2025年12月)
- 厚生労働省『労働の経済性分析』
- パーソル総研『労働市場の未来推計2035』
労働市場の現状:「人数増・労働力減」のパラドックスと業務の超細分化


働き方改革の浸透や多様な人材の参画は、社会全体として歓迎すべき変化です。しかし、その裏側で、労働市場は「人数は増えているが、労働力は減っている」という構造的な課題に直面しています。この章では、このパラドックスの真因をデータから解き明かし、企業がこの変化にどう対応しているのか、具体的な事例を交えて解説します。
深刻化する労働力不足の真因:過去20年で1割減った一人あたりの労働時間
労働力不足が深刻化している背景には、就業者数の増加とは裏腹に、一人あたりの労働時間が過去20年で約1割減少しているという事実があります。これは、働き方改革の推進や、パートタイム労働者の比率上昇といった要因が複合的に作用した結果です。
就業者数が増加しても、一人ひとりの働く時間が短くなれば、社会全体で提供される「総労働時間」は減少します。パーソル総合研究所の推計では、この傾向が続くと、2035年には「1日あたり1,775万時間(384万人相当)」の労働力が不足すると予測されており、これは2023年比で約1.85倍の深刻さです。このデータは、労働力を「人数」ではなく「時間」で捉えることの重要性を示しています。
企業が取り組む「タスク・アンバンドリング」とスポットワークの台頭
総労働時間の減少という構造的な課題に対応するため、企業は業務プロセスを根本から変え始めています。その一つが、業務を細分化する「タスク・アンバンドリング(業務分解)」です。
日経新聞の記事にもあるように、ベネッセやマクドナルドといった企業では、業務を「1日1〜2時間」「未経験でも可」なタスクに切り出し、多様な働き手であるスポットワーカーを活用する動きが加速しています。これは、フルタイムの常勤者が全ての業務を担う「一人一役」のモデルから、専門性の高い業務と細切れにできる業務を切り分け、多様な働き手がパズルのように業務を埋める「一人多役・シェア」の構造への変化を意味します。この変化は、働く個人に対しても、自身のキャリアを再定義することを強く促しています。
キャリア形成当事者・支援者に求められる3つの視点変革
労働市場の構造が「人数」から「時間」へと変化し、業務が細分化される中で、働く個人と、彼らを支援する企業や専門家には、従来の「就社」モデルからの脱却と、新たなキャリア観の構築が不可欠です。この大きな変革の波を成長の機会と捉えるために、今、私たちが持つべき3つの重要な視点について解説します。
キャリア形成当事者視点:「就社」から「タスク・ポートフォリオ」への意識転換


これまでのキャリアの標準は、「一つの会社にフルタイムで所属し、その会社の業務を丸ごと引き受ける」という「就社」の形でした。しかし、業務の細分化が進む現代においては、単に会社にいるだけでは個人の価値が不明確になりがちです。
当事者(個人)は、自分のキャリアを「会社名」ではなく「遂行できるタスク(職務・技能)の集合体」として捉え直す必要があります。例えば、「介護職」ではなく「食事介助とレクリエーション企画ができる」といった具体的なスキルセットです。これにより、副業やスポットワークを組み合わせたポートフォリオ型の働き方が可能になり、収入源の多様化とキャリアリスクの分散につながります。支援者(企業・専門家)は、フルタイム正社員をゴールとする支援だけでなく、個人の生活に合わせた「時間単位での労働供給」を肯定し、その中でいかにスキルを積み上げるかという設計を支援することが求められます。


キャリア支援者視点:「隙間埋め」から「キャリアラダー(梯子)」の構築へ


業務の細切れ化によって、参入障壁の低いスポットワークが増加しています。しかし、これらの細切れ業務は、教育訓練の機会が乏しく、単なる「隙間埋め」で終わってしまうと、スキルアップや賃金上昇につながりにくいという課題があります。特に、社会インフラを支えるエッセンシャルワーカーの分野では、経験年数を経ても賃金が上がりにくいという構造的な問題があります。
支援者(企業・専門家)は、細分化された業務を単なる「隙間」として扱うのではなく、それらを繋ぎ合わせて「熟練への階段(キャリアラダー)」を再構築することが不可欠です。建設業界のCCUS(建設キャリアアップシステム)のように、細切れの経験や技能を見える化し、公正な処遇に反映させる仕組みが重要になります。また、生成AIなどのテクノロジーを活用して事務負担を減らし、人が担うべき「対人・創造的業務」に集中できる環境を整えることが、働きがいと生産性の向上につながります。


雇用主視点:「人手不足」ではなく「生産性と時間の最適化」へのアプローチ
「人が足りないから採用する」という従来のアプローチは、労働人口が減少する現代においては限界を迎えています。企業や経営層は、「労働力=人数」という固定観念を捨て、「労働投入量(時間×生産性)」でマネジメントする視点へと変革する必要があります。
支援者(企業・経営層)に求められるのは、まず業務の棚卸しと分解です。ベネッセの事例のように、業務を細分化し、専門職でなくてもできる仕事を切り出すことで、労働投入量の最適化を図ります。さらに、特にサービス業など非製造業において遅れているソフトウェアやAIへの投資を行い、一人あたりの生産性を高めることが重要です。そして、シニア、外国人、副業者など、異なる時間制約を持つ多様な人材を組み合わせ、チームとして機能させる「統合的なマネジメント能力」が、これからの時代に求められる能力となります。
まとめ:ジグソーパズルのようなキャリア社会へ


これまでの日本社会の労働市場は、形が決まった大きなブロック(フルタイム正社員)を積み上げる「積み木」のようなものでした。しかし、私たちは今、大小様々な形のピース(細分化されたタスクや短時間労働)を組み合わせ、組織や個人のキャリアという絵を完成させる「ジグソーパズル」のような社会へと変革しています。
この新しい社会において、当事者(個人)は「自分はどんな形のピース(スキル・時間)を提供できるか」を常に磨き続けることが、キャリアの安定と成長につながります。そして、支援者(企業・専門家)には、「バラバラなピースをどう組み合わせて、魅力的な絵(事業・キャリア)を描くか」という、高度な編集能力と構想力が問われることになります。
変化のスピードが加速する現代において、立ち止まることは後退を意味します。このパラダイムシフトを正しく理解し、自らのキャリア、あるいは支援のあり方を前向きに変革していくことが、未来を切り拓く鍵となります。



日々、情報収集の感度を高め、社会変化の大きさをチャンスと捉えて前向きにチャレンジしていきましょう!













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